天乃原(あまのはら)|株式会社須藤本家

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 340蔵目

天乃原(あまのはら)|株式会社須藤本家

千葉県君津市青柳 16-10

酒名:天乃原(あまのはら) 
■創業:明治元年(1868年)5代 ■杜氏:蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:弱硬水 ■訪問日:2013/11/22

代表銘柄

天乃原 純米吟醸
天乃原 純米酒


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天乃原(あまのはら)という名の酒を造る株式会社須藤本家は、明治元年に創業した現在で5代続く酒蔵です。

もともとはこの地の地主だったそうで、余剰米があったので酒造業に参入したのではないかとの事。
創業当初は今の場所ではなく、車で5分ほど離れた場所に蔵があり、「東盛(あずまざかり)」という酒名の酒を造っていたそうです。
しかし関東大震災の頃に水害にあってしまい、高台にある現在の場所に蔵を移転してきたそうです。

移転してきたこの場所が「天乃原(てんのはら)」であったため、酒名「天乃原」が誕生したそうです。

天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|商品

かつては越後杜氏、次に南部杜氏が来て酒造りをしていたそうです。
しかし2年前の平成23年から蔵元自ら酒造りをされるようになり、現在は蔵元+3名の計4名で酒造りを行っているとの事。

酒造りに用いる水は地下500メートルから湧いてくる湧き水を使用。
水質は弱硬水。
酒造りに用いる米は県内産の米が中心との事。

写真は釜場。
天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|釜場

蔵の建物は平成9年頃に建て替えたもので、2階に酵母培養室と麹室、1階に釜場、仕込みタンク、槽場などが置かれています。 2階からガラス窓越しに見学できるようになっていて、建て替えた当時は沢山ん見学者が蔵に来たそうです。

蔵の改装には、大きなコストがかかったそうですが、そのお陰で少人数で酒つくりが出来るようになったとの事。

天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|酵母培養室

天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|麹室
天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|3段製麹機

天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|吟醸用麹室
天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|麹蓋

天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|仕込み部屋
天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|仕込み部屋

訪問の証の記念撮影。
天乃原(あまのはら) 株式会社須藤本家|記念撮影
蔵がある久留里は地下水が豊富な土地で、「久留里の生きた水」は平成の名水百選に選ばれている名水。「井戸のまち」と呼ばれるくらい、町中を歩くとあちらこちらに自噴する井戸を目にします。
地下500メートルから湧いてくる水に感心する吾郎でした。

商品の購入・質問は天乃原(あまのはら)|株式会社須藤本家へお問い合せ下さい。
TEL:0439-27-2024 天乃原醸造元株式会社須藤本家
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

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福祝(ふくいわい)|藤平酒造合資会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 339蔵目

福祝(ふくいわい)|藤平酒造合資会社

千葉県君津市久留里市場147

酒名:福祝(ふくいわい) 
■創業:享保元年(1716年)9代 ■杜氏:蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:中硬水 ■訪問日:2013/11/22

代表銘柄

福祝 播州山田錦 五割磨き 純米吟醸
福祝 特別純米酒
福祝 備前雄町 五割磨き 純米大吟醸酒


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藤平酒造合資会社は享保元年に創業した現在で9代続く酒蔵です。

元々は今、蔵がある場所ではなく小櫃川(おびつがわ)の川沿にある本家が酒、醤油を造っていましたが、幕末の嘉永期に川が氾濫し蔵に水が浸かってしまいます。

本家は酒造業以外にも醤油業、山林業など様々な商いをしており、高台にあり難を逃れた分家の久左衛門氏が酒造業を継ぐことになります。

そのような経緯から藤平酒造では、最初に酒蔵が創業した享保元年を創業年とし、創業者の名前は嘉永期に蔵を継いだ久左衛門氏となります。

蔵が位置する久留里(くるり)は、江戸時代は徳川の譜代が藩主を務めた久留里城がある城下町。 一時期は天領だった時代も有り、締め付けが弱かったのかもしれません。

人口1千人規模の村ですが、その小さな中に今でも酒蔵が4件も残ってる事から、昔は賑わっていた事が伺えます。

福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|古い看板
かつての屋号は藤崎屋といい、藤久盛(とうきゅうざかり)という酒名の酒を製造。

現在の主力銘柄「福祝」は昭和55年に先代の蔵元が命名。
おめでたい時にお酒を飲みますが、めでたさが重なるようにと、お目たい言葉「福」「祝」を重ねて福祝という酒名が誕生します。

福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|商品

福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|商品

福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|店内

写真の二人は蔵の後継者で酒造りを行う藤平兄弟。
福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|兄弟

蔵は昔は越後から杜氏が来て酒造をしていたそうですが、先代の時代に南部杜氏に変更。
後継者の藤平兄弟が、その南部杜氏から酒造りを学び、平成12年から兄弟二人による酒造りがスタート。

幸先良く初年度からいきなり全国新酒鑑評会で金賞を受賞します。
南部杜氏から酒造りを学んだものの、特に南部の県外杜氏などには所属せず流派は無所属。

酒造りに用いる水は「久留里の生きた水」という名が付けられた地下水。
飲んだ時には柔らかく感じるものの水質は中硬水。

城下町として賑わい、米と水が豊富でおまけに水は発酵力が強い。
道路となる川があった事から、この地域には沢山の酒蔵があったのでないでしょうか。

写真は釜場。
福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|釜場

毎年11月の上旬から酒造りがスタートし、造りが終了し皆造を迎えるのはゴールデンウィーク頃。

年間約20本という仕込み本数ですが、1本1本丁寧に仕込みたい事から、1本の仕込みが終わったら次の1本の仕込みを開始する、という広い間隔で仕込みを行っているとの事。
その為に期間が長くなってしまうのですが、生産量は年間で250石から300石ほど。

写真は酒母です。
福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|酒母

福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|酒母

写真は仕込み部屋。
福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|仕込み部屋
大きなプレハブ冷蔵庫の中に仕込みタンクが並んでいます。

この槽(ふね)1台だけで酒を搾ります。
福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|槽場

酒造りに用いる原料米ですが主に兵庫産の山田錦を使用。
それ以外には雄町、愛山、富山の五百万石。

良く売れている酒は、山田錦を50%まで精米した純米吟醸。
あと同じく山田錦55%精米の特別純米酒。

純米吟醸 山田錦は吟醸香が程々あり、味わいに膨らみがあって切れが良い酒。
特別純米 山田錦は旨味を優先した酒で、凝縮した味わいにより「うま甘く」感じる酒。

兄弟がイメージする酒は、フレッシュで香りがある酒。
味わいと香りのバランスが取れ、かつ切れの良い酒を造っていく事が目標だそうです。

4〜5年くらい前から首都圏には出て行っているのですが、現在の製造石数だと流石に供給量が少なすぎるため、今の倍くらいの500石くらい製造できるようになり、首都圏をはじめ全国市場ににも積極的に展開していきたいとのこと。

最後に訪問の証の記念撮影。
福祝(ふくいわい) 藤平酒造合資会社|記念撮影
「久留里の生きた水」の美味しさに笑顔になる吾郎。

蔵の数が多い割には首都圏でヒットする銘柄がなかなか出てこなかった千葉県において注目の酒蔵の登場です。

若い後継者による新たな酒造り。
もう少し製造量が増えれば販売店を増やすことが出来ます。 そうすれば知名度が上がって来るでしょう。日本酒専門店にとって要注目の存在です。

商品の購入・質問は福祝(ふくいわい)|藤平酒造合資会社へお問い合せ下さい。
TEL:0439-27-2043福祝醸造元藤平酒造合資会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

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旭鶴(あさひづる)|株式会社旭鶴

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 338蔵目

旭鶴(あさひづる)|株式会社旭鶴

千葉県佐倉市馬渡918


蔵元のサイト:http://www.asahiduru.jp/

酒名:旭鶴(あさひづる)、佐倉城 
■創業:天保元年(1830年)7代 ■杜氏:社員杜氏(南部流) ■仕込み水:中軟水 ■訪問日:2013/11/21

代表銘柄

旭鶴 特別純米酒 佐倉城
旭鶴 大吟醸 勘三郎
旭鶴 新酒おり酒


千葉県北部、都心から約40キロメートルの距離に位置する千葉県佐倉市。
徳川時代には譜代大名が城主を務めた佐倉城で有名な土地ですが、最近では佐倉といえばバンプオブチキンを連想される方も多いと思います。(バンプのファンが多い私の周りだけかな?)

バンプオブチキンのメンバーは全員千葉県佐倉市という事ですが、彼らも飲んだかどうかは解りませんが、佐倉市に唯一残る酒蔵が、旭鶴(あさひづる)という名の酒を造る株式会社旭鶴です。

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旭鶴(あさひづる)は天保元年(1830年)に、新潟出身の田中勘三郎氏が創業した現在で7代続く酒蔵です。

新潟出身の田中勘三郎氏は、蔵人として酒造りの仕事をされていたそうで、どういう理由があったのはか不明ですが、千葉県の佐倉に家族ごと出てきて、最初はどこかの家に住み込みで仕事をされていたとの事。

蔵が位置する場所は、江戸時代には歴史上に名が乗らないほどの小さな宿場町だったそうで5〜6件の旅籠屋があったそうです。
その後、どういう経過か不明との事ですが、この小さな宿場町で酒造業を営むようになります。

最初は現在ほど広い土地ではなかったそうですが、4代目(江戸末期〜明治)が蔵を大きくさせます。今の蔵は4代目が建てた建物との事。

最盛期には酒造業の他にも高田屋という名の旅籠屋の他に、金貸しと事業を拡大。
明治時代に入って鉄道が出来ると、小さかった宿場町はたちまち衰退。
旅籠屋は明治時代に閉めたそうですが、金貸しで土地を増や地主化していきます。
(当時の金貸しは土地を担保にしていたため、未回収があればその分土地が増えていく為、年月をかけ地主化していきます)

そうやって増やした土地ですが、5代目の時に、第二次大戦となり戦後の農地開放で土地の多くを失います。

旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|商品

旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|特別純米 佐倉城

旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|店内

蔵の代表銘柄「旭鶴(あさひづる)」は5代目の時代に誕生した酒名。
それ以前は「養老」という名の酒を造っていたとの事。

一番たくさん売れている酒が特別純米 佐倉城。
この酒は平成10年に地元の農家と契約して酒米をつくってもらって、それで酒を造ろうと「酒造り推進協議会」という組織が発足。
農協、商工会議所などが力を合わせ、市が公募を行い一番多く集まった名前が「佐倉城」だったのでこの酒名が誕生。

当初はどれくらい売れるか未知数でしたが、市全体で盛り上げ地元のケーブルテレビで紹介してもらった事も加わり大ヒット。
毎年、倍倍で生産量を増やし発売から10年が経過したところで需要も落ち着き、今では蔵の主力アイテムとなります。

地元で穫れる「総の舞」という米から造られていて、独特の味わいがある米の特徴を表現した酒。 価格は1升ビンで2625円

写真は釜場です。
旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|釜場

創業者が新潟出身だったせいかは解りませんが、昔は越後から杜氏が来て酒造りをしていたそうですが、やがて南部杜氏が来て酒造りをするように。

そして平成10年からは杜氏が来ずに地元雇用の社員が杜氏(南部の県外)となり、蔵元もこれに加わり酒造りをおこないようになります。

仕込み水は軟水の井戸水を使用。
原料米は吟醸(大吟醸、純米吟醸)は全て兵庫の山田錦。
特別純米 佐倉城は房の舞、それ以外は滋賀の日本晴を使用。

写真は麹室。
旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|麹室

酒造りの開始は早く、毎年9月の中旬頃。
今年は9月15日から酒造りがスタート。

佐倉では10月10日過ぎに「佐倉の秋祭り」が行われ、そこでおり酒を出したところ大好評で毎年造ることに。その為には9月中旬から造りをスタートさせる必要があり、仕込みの開始が早いとの事。

甑倒しは4月終わり頃、5月の中旬から20日頃に搾りを終え、皆造は5月の末になるという、仕込み期間としては長丁場。 しかしかつては6月の終わり頃まで仕込んでいたそうで、短くなったとの事。

仕込みが長い理由は、製造も販売も同じ人間(5名)で酒造りを行っているため、仕込みの間隔が広くとっている事。平均すると一週間に1本くらいのペース。
それともう一つが圧搾機に用いる槽の大きさ。

写真は仕込み部屋。
旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|仕込み部屋

旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|仕込み部屋

旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|醪

写真は槽(ふね)と呼ばれる圧搾機。
旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|槽場

お酒を圧搾するのは写真の槽(ふね)のみ。
この槽に1回で積みきれる量が最高で600キロなので、仕込みの大きさも最大でも600キロまでとなります。

もっとも小さな仕込みが125キロ仕込で年間に7本あるとの事。
これは四季醸造に似ていて、おり酒など新酒を造った尻から売っていき、売り切れた頃には次の新酒を搾って販売という、生きのいい酒を造りながら売っていくスタイルだからとか。

現在は造られている酒は地元中心に消費されているとの事ですが、千葉県は首都圏という事もあり今後はもう少し範囲を広げて行きたいと考えているそうですが、どういう手段で行うのか思案中との事。

最後に訪問の証の記念撮影。
旭鶴(あさひづる) 株式会社旭鶴|記念撮影
昔ながらの伝統的な槽に感心する吾郎。

蔵は今年、事務所を改装して直売所を拡張。
私が訪問中にも多くの方が蔵に来て、酒や酒粕を購入する姿を目にしました。

かつて酒蔵は村の辻ごとに存在し「酒屋」と呼ばれていたそうですが、正にそれを思わせる古きよき地元の酒蔵だと思いました。

商品の購入・質問は旭鶴(あさひづる)|株式会社旭鶴へお問い合せ下さい。
TEL:043-498-0002旭鶴、佐倉城醸造元株式会社旭鶴
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

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佐倉城址公園

所在地:〒285-0017 千葉県佐倉市城内町官有無番地

佐倉城(さくらじょう)|公園

訪問日:2013年11月21日

千葉県佐倉市といえば、徳川時代に譜代が城主を務めた佐倉城が有名。
佐倉出身の人気ロックバンド、バンプオブチキンのメンバーも、学校の社会見学などで一度や二度は佐倉城に訪問された事があるのではないでしょうか?
そう思うと是非行きたくなり、酒蔵訪問の途中に佐倉城に寄る事にしました。
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現在は建物は残っておらず、お城というよりも公園になっています。

佐倉城|堀田正陸公銅像
写真は幕末に藩主を勤め、開国派であった堀田正陸(ほった まさよし)公の銅像。

江戸時代、佐倉藩は幕府の要職に就いていた様々な譜代が藩主を務め、堀田家は江戸中期と後期に藩主を勤めたとの事。

佐倉城|堀田正陸

佐倉城|土塁
佐倉城は石垣が無く土塁。なのでお城というより自然の山に近い感じ。

佐倉城|天守跡
かつて天守閣があった場所。

私が訪問していた時に、地元の小学生であろうグループが先生の引率のもと見学をされていました。

なのでバンプのメンバーも小学生の頃に先生に引率され、この佐倉城に来たことがあるはずでなのです。

写真の通り天気がよかったためか、歩いていると頭の中で創作が湧いてくるようなパワースポット的な場所に感じました。

無料の広い駐車場もあり、近くにお昼ごはんを食べるところも沢山あります。
天気のいい日にバンプの歌を聞きながら散歩するに最適な公園です。

佐倉城址公園について http://www.city.sakura.lg.jp/0000000987.html

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甲子正宗(きのえまさむね)|株式会社飯沼本家

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 337蔵目

甲子正宗(きのえまさむね)|株式会社飯沼本家

千葉県印旛郡酒々井町馬橋 106


蔵元のサイト:http://www.iinumahonke.co.jp

酒名:甲子正宗(きのえまさむね) 
■創業:元禄年間(1688?1704年)14代 ■杜氏:南部杜氏(社員) ■仕込み水:弱硬水 ■訪問日:2013/11/21

代表銘柄

甲子正宗 吟醸辛口
甲子正宗 純米吟醸
甲子正宗 純米酒 黒ラベル


千葉県の北部中央に位置する酒々井町(しすいまち)。
「酒々井」という地名は、「孝行息子の井戸から酒が湧いた」という言い伝えから付いた地名といわれ、今でも地下水が豊富な地域。

この酒々井の地に古くから続く酒蔵が甲子正宗(きのえまさむね)という酒を造る株式会社飯沼本家です。
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株式会社飯沼本家は元禄年間(1688?1704年)に創業したと伝えられる現在で14代続く酒蔵です。

この地域は縄文時代から人が住んでいた形跡があり、飯沼家は鎌倉時代頃からこの地に住んでいたと伝えられています。
創業が元禄年間で現在14代続いていると言われるのは寺に残る過去帳には、それ以前の記載が無いためで、実際にはもっと古くからこの地に住んでいたと言われています。

江戸時代、飯沼家は佐倉藩に年貢を納める庄屋の役割を担っていて、藩主の命により余剰米で酒造りを行っていたそうです。
当主は治右衛門(じえもん)という名を代々世襲していたそうですが、今の代から数え4代前から襲名していないとの事。

酒名の甲子正宗(きのえまさむね)とは、甲(きのえ)の年に酒造業を本格的に開始したと言われていて、甲は甲乙丙の先頭なので、関東一の酒を目指すという意味が込められているとの事。

写真の「佳撰 甲子辛口」が一番売れている酒。
甲子正宗(きのえまさむね) 株式会社飯沼本家|商品

純米吟醸 白ラベル、純米黒ラベルは現在、蔵が力を入れているこだわりの酒。
甲子正宗(きのえまさむね) 株式会社飯沼本家|商品

蔵には「酒々井まがり家」という店があり、酒の購入が出来ます。
甲子正宗(きのえまさむね) 株式会社飯沼本家|売店

甲子正宗(きのえまさむね) 株式会社飯沼本家|外観_裏から
現在の飯沼本家では、平成5年に建てられた鉄筋3階建ての北総蔵と呼ばれる建物の中で酒造が行われています。

酒造りの責任者はこの蔵で18年間社員として酒造りに携わっていた川口孝一さん。
入社した頃は、また南部から来ていた杜氏と一緒に酒造りをされていたそうで、平成15年からこの蔵の工場長となり酒造りの指揮を取られているとのこと。
南部杜氏の県外会員に所属されているそうです。

写真は精米機。使用する米の9割は自社で精米しているとの事。
甲子正宗(きのえまさむね) 株式会社飯沼本家|精米機

造りは毎年9月の末ごろからスタート、3月に甑倒し、4月に皆造。
年間で約1400石の酒を製造。

酒造りに用いる米は特定名称には五百万石が中心、普通酒には千葉県の飯米ふさこがね。
水が豊富な地で仕込み水はもちろん洗い物に至るまで、使用する水は全て地下水(中硬水)を使用しているとの事。

南部流の酒造りを引き継いている事と、新しい蔵が衛生的である事から造られる酒は綺麗かつ柔らかいタイプの酒。水は中硬水ですがゴツゴツした水ではないので、出来上がる酒は柔らかく感じるとのこと。

純米吟醸など吟醸系は香りが豊かなタイプにシフトしているそうです。

それと一部に、特徴を全面的に出していく酒として、精米歩合80%の線の太い純米酒を造ったり、りんご酸を出す酵母を用いた「きのえねアップル」という名の日本酒を造るなど、新しいジャンルへの酒造も積極的に行っているとの事です。

写真は釜場。
甲子正宗(きのえまさむね) 株式会社飯沼本家|釜場
釜場は連続蒸米機と昔ながらの和釜が置かれています。

普通酒をはじめ6トン以上で仕込む大きな仕込みの時は連続蒸米機を使用。
それ以下の小さな仕込み、特定名称などこだわったお酒は和釜で米を蒸すそうです。

写真はKOS製麹機。
甲子正宗(きのえまさむね) 株式会社飯沼本家|KOS製麹機

甲子正宗(きのえまさむね) 株式会社飯沼本家|麹

写真は昔ながらの麹室。
甲子正宗(きのえまさむね) 株式会社飯沼本家|麹室

蔵には山形県の大山(加藤嘉八郎酒造株式会社)と佐々木貞治商店が開発した醸造システム(OSタンク、KOS製麹機)と同時に、昔ながらの和釜、麹室も配置されていました。

写真は仕込み部屋を上から見たところ。
甲子正宗(きのえまさむね) 株式会社飯沼本家|大きな仕込み部屋

OS式の仕込みタンク。櫂(かい)がタンクに装着。
甲子正宗(きのえまさむね) 株式会社飯沼本家|OS仕込みタンク
櫂入れは重労働である上に、しっかりとかき混ぜないとムラが現れます。

櫂入れの作業は必ずしも人間が手作業で行うことが優れているとは限りません。 コンピューターでプログラミングする事で24時間、昼夜を問わず必要なタイミングで櫂入れを機会が実行してくれます。

サーマル同様、外側には冷水が流れる層があり、温度のコントロールもプログラミングで行えます。

醪のデーターを取り、どう醗酵をコントロールするのかは人間が考え、かき混ぜたり冷水を流したりする作業は機械が行います。

写真は吟醸の仕込み部屋。
甲子正宗(きのえまさむね) 株式会社飯沼本家|吟醸仕込み部屋

吟醸の小仕込にも一部OSタンクが用いられています。
甲子正宗(きのえまさむね) 株式会社飯沼本家|OS仕込みタンク

写真は槽場です。
甲子正宗(きのえまさむね) 株式会社飯沼本家|槽場
写真の通り槽場は、個室の中にあり、空調で温度調整が可能。
また剥がし取った酒粕を回収作業しやすくする為、足場が高く作られていました。

昔ながらの槽も存在。
甲子正宗(きのえまさむね) 株式会社飯沼本家|昔ながらの槽

最後に訪問の証の記念撮影。薮田式圧搾機の足場の高さに驚く吾郎。
甲子正宗(きのえまさむね) 株式会社飯沼本家|記念撮影
蔵は近代的でとても清潔です。

近代的な醸造機器(OS式、KOS製麹機)などと同時に、昔ながらの機械(和釜、麹室、槽)の両方を用いる事で、両方の長所を活かした酒造りをされている点が素晴らしいと思いました。
この日はレンタカーでの訪問だったのでお酒を試飲することが出来ませんでしたが、チャンスがあれば「きのえねアップル」を飲んでみたいと思います。

商品の購入・質問は甲子正宗(きのえまさむね)|株式会社飯沼本家へお問い合せ下さい。
TEL:043-496-1111甲子正宗醸造元株式会社飯沼本家
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

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糀善(こうぜん)|株式会社馬場本店酒造

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 336蔵目

糀善(こうぜん)|株式会社馬場本店酒造

千葉県香取市佐原イ614‐1


蔵元のサイト:http://www.babahonten.com/

酒名:糀善(こうぜん)、海舟散人(かいしゅうさんじん)、すいごうさかり 
■創業:天和年間(1681〜1683年)15代 ■杜氏:蔵元杜氏(諸派) ■仕込み水:中硬水 ■訪問日:2013/11/20

代表銘柄

吟醸酒 糀善
純米原酒 すいごうさかり
大吟醸 海舟散人
最上白味醂


江戸時代に川港として日本一栄えたと言われる千葉県香取市佐原。

気候が穏やかであるため米の産地であり、利根川によって江戸への流通が便利であった事から水運を利用した水郷の町として発展。
周辺には貝塚や遺跡がある事から太古から人々が住みやすかった土地だったようです。

江戸時代は幕府の直轄地である天領であった事も加わり商業が発展。
佐原は川越、茨城と共に小江戸と呼ばれる関東でも有数の町として栄えたそうです。

米が豊富だった事から醸造関係の蔵が多く、蔵元の話によると江戸中期には30位上の酒蔵が有あり、日本地図を作った伊能忠敬もこの土地の一番大きな庄屋であり、酒造業も営んでいたそうです。

第二次大戦前までは7件の酒蔵があったそうですが、現在残るのは2件のみ。
その1件が糀善(こうぜん)という名の酒を造る株式会社馬場本店酒造です。

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糀善(こうぜん) 株式会社馬場本店酒造|蔵の敷地内からの外観
株式会社馬場本店酒造は天和年間(1681〜1683年)に馬場善兵衛氏が創業した現在で15代続く酒蔵です。

善兵衛氏は奈良県葛城郡から出てきた商人の一人で、当時商業が発展していた佐原には近江商人など全国から多くの商人が来ていたそうです。
麹の株を持っていた事から最初は酒造業ではなく糀屋としてこの地で商売を始められます。

麹を造ることができたら日本酒、焼酎、みりんを造ることが出来ます。
蔵元のホームページによると天保十三年(1842年)に5代目善兵衛氏が酒造業を開始した、記載されていますが15代蔵元から直接聞いた話によると正確な事を調査中との事。

蔵は江戸期に建てられた建物を何度も修復し使用。天井の梁に歴史を感じます。
糀善(こうぜん) 株式会社馬場本店酒造|古い蔵の天井

写真は焼き印。ビンがかなった時代、酒樽に酒名を記す為の焼き印。
糀善(こうぜん) 株式会社馬場本店酒造|焼き印
現在の主力銘柄「糀善(こうぜん) 」とは、糀屋という屋号の善兵衛さんが造った酒という事で、いつの頃からか呼ばれるようになった代々続くこの蔵の代表銘柄。

現在のところ地元用のレギュラー(普通)酒、本醸造、吟醸酒などアル添の酒に使用されている銘柄。

大吟醸には海舟散人(かいしゅうさんじん)という銘柄が有り、これは明治時代に勝海舟がこの蔵に数ヶ月間滞在したと言われ、残っている海舟の掛け軸の号に「海舟散人」とあった事から付けられた酒名。

写真の「すいごうさかり」は純米酒系統の銘柄。ラベルは地元の版画家さんがデザインしたもの。
糀善(こうぜん) 株式会社馬場本店酒造|商品

酒造りに用いる米は、昔から西日本産の米が主体だそうで滋賀県の玉栄や兵庫の山田錦を主に使用。

蔵には約10メートルの浅井戸があり、仕込みに用いる水は全て井戸から汲み上げられる地下水を使用。

この地域は地下水が豊富で8メートルくらいを掘れば豊富に水が出てくるとのこと。
鉄分はなく発酵力が強い中硬水。米・水・水運に恵まれていた、という背景もあってこの地域は古くから酒つくりが盛んだったとの事。

写真の方が15代目蔵元、馬場 善広さん。
糀善(こうぜん) 株式会社馬場本店酒造|馬場 善広蔵元

現在蔵元夫婦が酒造りをされていて、10月後期から11月いっぱい迄はみりんを製造。
12月から3月までは日本酒。
3月後半から4月前半にかけて再びみりんを製造。
夏場は焼酎を製造するという、別の意味で四季醸造が行われている蔵です。

糀善(こうぜん) 株式会社馬場本店酒造|仕込み部屋

蔵が造りたい酒は、味と香りが整ったバランスの良い酒。
極端に香りが立っていとか、味が濃厚だとか、どこかに突出しておらずバランスが取れた酒。
「味がある酒」と言われることが多く、香りは持たせるものの、出すぎないようにしているとの事。

日本酒については毎年毎年、前年より良いお酒を造ることを目標としているのに対し、ミリンは調味料なので飲食店で使われることが多く、みりんの味が変わると料理の味が変わってしまいます。
なので「味を変えるな」が先代からの教えで、代々伝わってきた製法で酒造りを続けているそうです。

写真は焼酎の蒸留器。
糀善(こうぜん) 株式会社馬場本店酒造|蒸留器
蔵は酒粕とミリン粕を原料に減圧蒸留した「でぼけ」という名の焼酎を製造しています。

訪問の証の記念撮影。
糀善(こうぜん) 株式会社馬場本店酒造|訪問の記念撮影
街のシンボルと言われているレンガ作りの美しい煙突に感心する吾郎。

この煙突は明治時代にイギリスから取り寄せたレンガで造られたもの。
当時、日本はレンガ造りの技術が浅く、煙突のような背が高いものには外国製のレンガが使われていたそうです。

東日本大震災が起きる1つ前の年に耐震補強工事を行ったため、震災による倒壊を逃れる事が出来たそうです。

糀善(こうぜん) 株式会社馬場本店酒造|昔の道具を展示
蔵がある佐原は小江戸・水郷の町なので観光客も多く、蔵には写真のように昔の道具を並べるなど見学は可能。
東薫酒造と並んで建っていますので、佐原に観光に行かれた際には訪問おすすめの酒蔵です。

商品の購入・質問は糀善(こうぜん)|株式会社馬場本店酒造へお問い合せ下さい。
TEL:0478-52-2227糀善、海舟散人、すいごうさかり醸造元株式会社馬場本店酒造
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

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東薫(とうくん)|東薫酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 335蔵目

東薫(とうくん)|東薫酒造株式会社

千葉県香取市佐原イ627


蔵元のサイト:http://www.tokun.co.jp/

酒名:東薫(とうくん) 
■創業:文政8年(1825年)8代 ■杜氏:南部杜氏 ■仕込み水:弱軟水 ■訪問日:2013/11/20

代表銘柄

東薫 大吟醸 叶
東薫 純米吟醸 卯兵衛の酒
東薫 吟醸 二人静


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東薫酒造株式会社は文政8年(1825年)に石毛卯兵衛氏が創業した現在で8代続く酒蔵。

佐原の偉人、伊能忠敬はこの地で古くから造り酒屋を営んでおり、創業者の卯兵衛氏は伊能家の蔵で酒造りのノウハウを学び、酒造に関する権利を得て独立したと伝えられています。

江戸時代は現在のような道路が無かった為、川の水運を利用し物資の流通が行われてきました。
佐原は江戸と利根川で水運で結ばれていいたため、様々な生活物資を江戸に供給し、江戸からは文化、経済を得て「小江戸」と呼ばれ大変栄えたそうです。

味噌、醤油、お酒、みりん 醸造関係が盛んで、米で商いをするよりも、醸造してお酒などに変えたほうが利益が出ることから、佐原の中だけに40件以上の醸造関係の蔵があったそうでうす。しかし現在では東薫酒造と隣の馬場本店酒造の2件が残るだけです。

酒名「東薫」は昭和時代になってから出来た銘柄で、古くは「日の出屋」と呼ばれていたそうです。

「お父さんお預かりします」。蔵は営業日であれば見学可能。
東薫(とうくん) 東薫酒造株式会社|スイカ
蔵の売店ではスイカでお支払いが出来るとの事です。

写真は創業者の名前を冠した純米吟醸 卯兵衛の酒東薫(とうくん) 東薫酒造株式会社|純米吟醸 卯兵衛の酒

東薫酒造では毎年11月の中旬頃から、岩手県北上市から南部杜氏が来て酒造りを開始。鑑評会に出品する酒などは除き、千葉の酒造好適米「総の舞」など千葉産の米を主に使用。酵母も千葉県の酵母を用いるなど地元の素材を積極的に使い酒造が行われています。

東薫酒造を語る上で欠かせない存在が、この蔵で40年以上酒造りを続けている及川恒男杜氏。
東薫(とうくん) 東薫酒造株式会社|及川杜氏
20歳の時に蔵人として酒造りに道に進み、蔵で成人式を上げてもらったそうです。
富山の蔵で6年間酒造りを行い、次に石巻の蔵で勉強し32歳の時に南部杜氏の認定試験に合格。39歳の時に東薫酒造の杜氏として迎えられます。

東薫酒造では全国新酒鑑評会で通算13回の金賞を受賞。(千葉県内では最多)
東京国税局長から優等賞を33回。
現代の名工(卓越した技能者)、黄綬褒章も受賞されているという名杜氏です。

及川杜氏が世に出した酒の代表的な銘柄が「叶(かのう)」。
兵庫県産の山田錦を精米歩合35〜40%まで磨いた大吟醸酒。
香りと味のバランスを重視して造られるこの蔵のフラッグシップ。
それに対し、一番製造量が多い「東薫 金紋」を始めとする晩酌酒は淡麗辛口で後味のキレが良く飲み飽きしない酒を造られているとの事。

写真は仕込み部屋。
東薫(とうくん) 東薫酒造株式会社|仕込み部屋
蔵は3階建てになっていて、最上階の3階で米を洗って蒸し、麹と酒母が造られます。
2階は仕込み部屋となり醪(もろみ)が造られて、1階に槽場があって醪が搾られ酒が出来上がるという、上から下に向かって酒が出来上がっていきます。

東薫(とうくん) 東薫酒造株式会社|槽場

東薫(とうくん) 東薫酒造株式会社|槽場

訪問の証の記念撮影。 東薫(とうくん) 東薫酒造株式会社|記念撮影
千葉の好適米、千葉の酵母、千葉の水、オール千葉で造られた卯兵衛の酒に興味を示す吾郎。

私はどういう場所か知らず、この日初めて佐原に訪れたのですが景観の良さに驚きました。
水郷の町や小江戸と言われるとおり景観もよく、水郷の舟めぐりがあったり伊能忠敬記念館があったり時間があってゆっくりと見て回ったら楽しそうなところです。

蔵は基本、営業時間中は常時見学を受け付けていて、売店でお酒の購入も可能。(スイカも使えます)
佐原へ観光の際には訪問おすすめの蔵元です。

商品の購入・質問は東薫(とうくん)|東薫酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0478-55-1122東薫醸造元東薫酒造株式会社
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長命泉(ちょうめいせん)|株式会社滝沢本店

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 334蔵目

長命泉(ちょうめいせん)|株式会社滝沢本店

千葉県成田市上町513


蔵元のサイト:http://www.nctv.co.jp/~takizawa/

酒名:長命泉(ちょうめいせん) 
■創業:江戸末期 5代 ■杜氏:南部杜氏 ■仕込み水:中硬水 ■訪問日:2013/11/20

代表銘柄

長命泉 特醸
長命泉 吟醸辛口
長命泉 吟の舞


豆まきの時、必ずと言って良いほどニュースにされるのが千葉県の成田山新勝寺。
大きな力士が高い境内から豆をまく姿がテレビでニュースにされますが、筆者の地元にも成田山大阪別院(寝屋川市)があり、そこも毎年有名な方が来られて豆まきが行われています。

個人的には「交通安全」をお祈りする神社というイメージが強く、私の地元では新車を買った時に成田山でお祓いをしてもらう方が結構いるようで成田山のステッカーが貼られている車を目にすることがしばしばあります。

そんな全国にある成田山の大本山が新勝寺で、初詣の客数も東京の明治神宮に継ぐ日本で第2位。2013年の初詣には3が日だけで300万人もの人が参拝されたとか。 私が訪問したのは11月で成田駅周辺の飲み屋街には外国人観光客の姿を多く目にしました。

そんな国内外から観光客が多い、成田山の参拝道に位置する酒蔵が長命泉(ちょうめいせん)という酒を造る株式会社滝沢本店です。

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長命泉(ちょうめいせん) 株式会社滝沢本店|店頭
株式会社滝沢本店は江戸末期に滝沢栄蔵氏が創業した現在で5代続く酒蔵です。

滝沢栄蔵氏は越後出身という事は判っているそうですが、どういう経緯で関東に来て、何をされてから酒造業に参入したのか?という経緯は不明。

ただ江戸末期に成田山新勝寺に参拝された時に、宿泊した場所の水の良さに感銘を受け、現在の場所に酒蔵を創業した、という事が伝えられています。

今でこそ蔵は駅から成田山に向かう参拝道の中心部分に位置しますが、当時は蔵がある場所は成田村の村外れだったそうです。

明治以降、鉄道が引かれる際に村の中央に煙や火の粉を飛ばす汽車を走らせる事が出来なかった為、当時村外れだった場所に駅が建てられる事になったのですがそれが今の成田駅。

成田駅の誕生によって、駅から成田山に向かう中間くらいに蔵が位置するようになった為、村外れだった場所が時代とともに参拝道の中心的な位置に変化します。

創業当初の酒名は「長命(ちょうめい)」といい、これは成田山に参拝した人々が蔵の井戸水を飲み、とてもよい水である事から「この水のおかげで病気が治った、長生きができる」と評判となり、そこから命名。
後に「長命泉(ちょうめいせん)」と改名され、今でも蔵の主力銘柄です。

長命泉(ちょうめいせん) 株式会社滝沢本店|商品
成田山新勝寺には、現在ではお正月の3日だけで300万人。豆まきにも多くの方が訪れます。
造られる酒の大半が地元消費との事なので、写真の売店でもかなりの数のお酒が売れているのではないでしょうか。
私が訪問した日は平日の午前でしたが、店ではひっきりなしにお客様が出入りされていました。

写真は釜場です。
長命泉(ちょうめいせん) 株式会社滝沢本店|釜場

現在、滝沢本店では南部から杜氏と蔵人合わせて3名が来て、蔵の後継者の滝沢 直樹さん(余談ですが半沢直樹と一字違い)と社員の方が加わり酒つくりが行われています。

毎年11月頃から酒造りがスタート甑倒しが2月中旬で、年間で約400石の酒を製造。

南部杜氏は今の蔵元の代になってからで、それまでは越後から杜氏が来て酒造りをされてきたそうです。その為か今でも製造されている酒の味わいは淡麗辛口のさっぱりした辛口の酒が中心。

写真は麹室の入口。麹造りの真っ最中なので中は非公開でした。
長命泉(ちょうめいせん) 株式会社滝沢本店|麹室の入り口

写真は仕込み部屋。
長命泉(ちょうめいせん) 株式会社滝沢本店|仕込み部屋

今まで造ってきた長命泉については味は出来るだけ変化させないよう端麗辛口路線を維持する一方、大吟醸酒を始めとする従来のお客様がそう多くいないジャンルのお酒についてはカプロン酸系の酵母で香りを立たせてみたり、少し甘味を残し重くは無いけど味がしっかりした酒を造ってみたり、様々な試みを行っているとの事。

毎年味を見ては方向修正を行い「今どきの味」という表現が正しいかどうか解りませんが、新しい世代の消費者から美味しいと感じていただく味を研究されているとの事です。

訪問の証の記念撮影。
長命泉(ちょうめいせん) 株式会社滝沢本店|記念撮影
井戸の前で、蔵のルーツというべき水に驚く吾郎。

蔵は成田駅から歩いていける場所にあり、成田山参道に直売店もあります。
千葉県酒造組合のサイトによると蔵見学は可能。
成田山新勝寺に参拝される時に、訪問おすすめの蔵元です。

商品の購入・質問は長命泉(ちょうめいせん)|株式会社滝沢本店へお問い合せ下さい。
TEL:0476-24-2292 長命泉醸造元株式会社滝沢本店
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万両(まんりょう)、大手門|鈴木酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 333蔵目

万両(まんりょう)、大手門|鈴木酒造株式会社

埼玉県さいたま市岩槻区本町4-8-24


蔵元のサイト:http://sakekura.net/

酒名:万両(まんりょう)、大手門 
■創業:明治4年(1871年)6代 ■杜氏:南部杜氏 ■仕込み水:弱硬水 ■訪問日:2013/10/3

代表銘柄

万両 本醸造 辛口
大手門 大吟醸
吟の輝き 純米大吟醸


鈴木酒造株式会社は廃藩置県が行われた明治4年、新潟出身の農民、鈴木 芳兵衛氏が創業した現在で6代続く酒蔵です。
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新潟の農家の家に生まれた鈴木 芳兵衛氏は、埼玉県の稲野町で造り酒屋を営む親戚を頼りに、出稼ぎに来ます。

親戚の蔵で一生懸命働いている間に、明治政府による日本酒の製造免許の規制緩和が開始。
酒造業を学んだ芳兵衛氏はこれを機会に独立します。

当時、岩槻に2件の名主さんがいたそうで、最初は名主さんから土蔵を借りて創業開始。
約14年間、名主の蔵で酒造りを続け、資金を蓄え現在の場所に土地を購入し自分の酒蔵を建てます。

創業当時の屋号は「騎西屋(きさいや)」といい、万両(まんりょう)という名の酒を造ります。
第二次大戦後、法人化し現在の鈴木酒造株式会社になります。

写真は創業者、鈴木 芳兵衛氏の肖像画。
出世男という銘柄の酒も造られていたようです。
万両、大手門 鈴木酒造株式会社|創業者
時代背景から、この時には恐らく髷は結ってなかったのでは?と話す蔵元。

この時期は西南戦争をはじめとする、様々な戦争需要によって日本酒製造業がとても繁盛したようで、騎西屋もその例に漏れず繁盛されたようです。

草津の温泉で知り合った浮世絵の絵師、歌川豊国の門人である歌川国周氏(くにちか)(豊原国周氏)を、蔵に住まわせて自画像や造りの絵を書かたり、福井県永平寺の大僧正に書いてもらった書を所有したりと、創業者が集めたコレクションは蔵の資料館で展示されています。

万両、大手門 鈴木酒造株式会社|商品
現在の主力銘柄の「万両」は江戸時代に、今の大関酒造が江戸送りの酒に付けられていた名前だったそうです。

しかし明治以降、大関に変わり、万両がつかわれなくなった事から、この蔵が万両を使うようになったとか。

万両、大手門 鈴木酒造株式会社|商品
万両の他には今から30〜40年前に出来たという「大手門」という銘柄があります。

大手門は大吟醸など特定名称が中心で、普段の晩酌酒は万両、高級酒は大手門と銘柄を使い分けているそうです。

埼玉県には35社も酒蔵がありますが、濃醇な酒を造る蔵もあれば、淡麗な酒を造る蔵もあります。
高級酒を造る蔵もあれば経済酒が中心の蔵もあり、バラエティーに飛んでいるの特徴。

その中で鈴木酒造が目指す酒とは、丸くソフトで飲みやすい酒。
これは仕込み水が丸いことと、蔵元の個人的な好みだとか。

水が丸いから水の特徴を活かした
軟水では無いのですが水が丸いのだそうです。

訪問の証の記念撮影。
万両、大手門 鈴木酒造株式会社|記念撮影
永平寺の大僧正に書いてもらった書に驚く吾郎。

蔵には豊原国周氏が書いた浮世絵をはじめ、昔使用されていた酒造りの道具などを展示した資料館があります。
醸造設備への見学は出来ませんが資料館なら気軽に訪問可能。
お近くに寄られた際には訪れてみてはいかがでしょうか。

商品の購入・質問は万両、大手門|鈴木酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:048-756-0067万両、大手門醸造元鈴木酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

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澤乃井(さわのい)|小澤酒造株式会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅 332蔵目

澤乃井(さわのい)|小澤酒造株式会社

東京都青梅市沢井2-770


蔵元のサイト:http://www.sawanoi-sake.com/service/kengaku

酒名:澤乃井(さわのい)、蔵守(くらもり) 
■創業:元禄15年(1702年)22代 ■杜氏:社員杜氏(越後杜氏) ■仕込み水:中硬水と軟水の2種類 ■訪問日:2013/09/09

代表銘柄

澤乃井 奥多摩 湧水仕込
熟成 蔵守
澤乃井 純米 大辛口


元禄15年(1702年)創業、現在で22代続く酒蔵が小澤酒造株式会社DSC_0135.jpg
元禄15年創業と言われる由来は、この蔵に残る古い書物の中に、元禄15年に酒改めの為に来た代官が小澤家に3日間泊まった」と書かれたものを発見。
「酒改めの為に、家に来たという事は当時、既に酒を造っていたのでしょう」との推測で、元禄15年を創業の年としているとの事。

澤乃井(さわのい) 小澤酒造株式会社|外観

写真は蔵のすぐ隣を流れる多摩川にかかる吊り橋。
木々が紅葉したら美しそうです。
澤乃井(さわのい) 小澤酒造株式会社|吊り橋

澤乃井(さわのい) 小澤酒造株式会社|直営レストラン
蔵には「清流ガーデン 澤乃井園」「豆腐 ゆば料理 ままごと屋」「櫛 かんざし美術館」などが併設されています。

写真は創業当時から建っていたと伝えられる「元禄蔵」。
澤乃井(さわのい) 小澤酒造株式会社|元禄蔵

澤乃井(さわのい) 小澤酒造株式会社|槽場
元禄蔵のとなりに製造蔵があり、ガラス越しに槽場を見ることが出来ます。

私が見学したのは9月9日でしたが、翌日から甑起こしが始まるとの事。
毎年9月上旬頃に、甑起こしがはじまり甑倒しは4月。5月上旬に最終上槽し年間約6000石の酒を製造しているそうです。

仕込み水には、蔵の井戸と呼ばれる、秩父古生層の岩盤を繰り抜いて得られている水(中硬水)と蔵から約4キロ離れた多摩川対岸の山深くにある井戸水(軟水)を使用。
いずれも鉄分やマンガンといった酒造りに不要な成分が少なく有機物を殆ど含まないという、仕込み水としての要件を高いレベルで満たしているとの事。

かつては新潟の柏崎から杜氏・蔵人がセットで酒造りに来られたそうですが、現在では造り手は社員杜氏にシフト。一応社員杜氏ですが、越後杜氏組合に所属されているとの事。

写真はもう一つのブランド「蔵守(くらもり)」。
澤乃井(さわのい) 小澤酒造株式会社|長期熟成酒
この酒は「蔵守(くらもり)の会」のみに限定流通している商品。
長期熟成酒で一番古い酒が1999年。新しいもので2009年。
720mlで2千円から3千円くらいの酒。

澤乃井酒造が造る酒は、蔵守のような特徴的な酒も有りますが、全体的には淡麗辛口でスッキリしたタイプが中心との事。 この辺りは新潟杜氏の流れを踏んでいるのかな?と思いました。

訪問の記念撮影。トンネル奥にある水源の井戸に驚く吾郎。
澤乃井(さわのい) 小澤酒造株式会社|記念撮影

拡大するとこんな感じです。
澤乃井(さわのい) 小澤酒造株式会社|井戸
写真が秩父古生層の岩盤を繰り抜いて得られている地下水、とても澄んでいます。

見学用にガラス板で仕切られています。左上に案内していただいた蔵人さんが反射しまるで心霊写真のように写っています。

小澤酒造産のトンネルは入り口は怖いものの、天井がコンクリートで舗装されているた安心して中に入れました。
訪問の記念写真はここで驚くしか無いだろうと、撮らせてもらいました。

東京都は西に長いため、西の奥多摩に行けば深い山々がある事は知っていましたが、実際に来てみたらイメージしていた場所と違います。
蔵は風光明媚でとてもいい場所に有り一般の方の蔵見学も可能です。
訪問おすすめの蔵です。

商品の購入・質問は澤乃井(さわのい)|小澤酒造株式会社へお問い合せ下さい。
TEL:0428-78-8215澤乃井醸造元小澤酒造株式会社
ここで書かれているデーターは筆者が訪問した時点の情報となります。

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