天明(てんめい) 一生青春| 曙酒造合資会社

新進気鋭 酒蔵訪問の旅。
171件目の訪問蔵は、
福島県の会津坂下町で天明(てんめい) 一生青春という日本酒を醸す曙酒造合資会社です。

天明(てんめい) 一生青春|曙酒造合資会社

所在地:河沼郡会津坂下町字戌亥乙2


代表銘柄:天明,一生青春
創業:1904年(明治37年)4代
杜氏:蔵元杜氏
仕込み水:軟水
訪問日:2011/4/30

代表銘柄

天明 純米吟醸 山田錦 無濾過 本生
天明 本生純米酒 無濾過原酒
一生青春 大吟醸


曙酒造は明治37年に鈴木幸四郎氏によって創業した酒蔵です。 temmei_gai.jpg

元禄時代から続く油屋の4番目に生まれた幸四郎氏は、婿養子として鈴木家にやってきます。
当時、鈴木家はこの地で味噌の醸造業を営む地主の分家で、一族経営をされていたようで鈴木家は味噌屋の大番頭を任されていました。

大番頭の仕事をしていた幸四郎氏は、小作人が作る米の良さに着目。
この米を安い価格で売るのはもったいないと考えた幸四郎氏は酒造業の参入を考えます。

思い立った幸四郎氏は、会津若松の酒蔵の元に酒造りの修行に出かけます。
そこで2年間修行を行い0から酒造りを学びます。そして元ってきて酒造りを開始したのが明治37年と言われています。

創業時の屋号は大黒屋、酒名は大◯(だいまる)と「曙(あけぼの)」でした。
日本酒だけではなく会津冨士という酒粕焼酎も造っていて評判が良かったそうです。

酒造りを行うに当たり、わざわざ小作人の方に酒造米を作ってもらったそうです。
単に「米が余っているので酒造りをしてみようか」ではなく、本気で酒造業に参入された事が伺えます。

写真は仕込蔵の柱。
天明(てんめい) 曙酒造合資会社|蔵の柱
鈴木鉄太郎氏とは、鈴木家の本家(味噌醸造業)の方です。

創業当初は本家の建物を借りていたのか?或いは本家の建物の一部を購入したのか?今となって解かりません。
ただ伝えられている話としては、本家の方が病気になり治療費が必要ということで、その際に鈴木幸四郎氏が本家の土地を購入し、現在の曙酒造の骨格が出来上がったようです。

写真は仕込部屋です。作業は2階から行います。 天明(てんめい) 曙酒造合資会社|仕込み部屋

鈴木孝教(すずき たかあき)さんの話によると、戦前には両沼酒造組合(会津坂下、柳津、旧高田町、本郷、湯川)には12社の酒蔵が存在していたようです。
今から27年前には両沼酒造組合には7社となり、現在残っているのはたった4社。

大黒屋の屋号でスタートした曙酒造ですが、第2次大戦による企業整備令などは行われず、戦後を乗り越えます。

そして昭和30年頃に社名を現在の曙酒造に変更。
酒名も「だいまる」に変わり、曙が主力商品に変化していきます。

そして現在の主力商品「天明(てんめい)」が平成10年に誕生します。
純米 無濾過本生、大吟醸の2種類でのスタートでした。

写真は仕込み部屋にて袋干しをしている様子です。 天明(てんめい) 曙酒造合資会社|袋干し

今季の酒造を終えた春過ぎ(4月後半〜5月)頃に酒蔵を訪問すると、ご覧のような袋干しの光景を目にします。

曙酒造では2台の槽(ふね)で酒を搾っています。 天明(てんめい) 曙酒造合資会社|槽(ふね)

こちらは曙酒造の自慢の貯蔵庫です。 天明(てんめい) 曙酒造合資会社|貯蔵庫

曙酒造の冷蔵貯蔵ですが、蔵の規模に対して広く、ご覧の大きさのフロアが4つ存在します。

結露防止のために樹脂が吹きつけられています。
写真はタンク貯蔵ですがビン貯蔵もかなりの量を保存されています。
ただ3月の東日本大震災によって、ビンが将棋倒しのように倒壊しかなりの破損があったようです。

天明(てんめい) 曙酒造合資会社|記念撮影

最後に訪問の証の記念撮影ですが2台の槽(ふね)の前で撮ってみました。

昔ながらの木の槽に驚く吾郎でした。

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